体操選手を支えるスポーツトレーナーの役割や方法論について、山崎圭さんに連載いただいているこのコラム。

第2回の今回は「コンディショニングトレーナーから見た、体操競技の身体の動き」について書いていただいています。

以前の記事はこちら ⇒ Vol.1

第2回はコンディショニングトレーナーから見た体操競技の身体の動きというテーマで書かせていただきます。

 

体操競技は他のスポーツと比べると地面に足をつけずに上半身で身体を支持することが多いので、明らかに日常動作からかけ離れた競技だと感じている方が多いのではないでしょうか。

 

それゆえ、

身体の感覚がかわってしまう…

普通の競技とは動かし方も違うから普通のトレーニングは意味ないのでは…

と変にスポーツトレーナーや医療従事者に介入されることを嫌っている選手が多いように感じています。

 

私も最初はそんな印象でしたが、体操選手も一般の人も身体の構造や機能というものは変わらないもので、関節が反対側に曲がったり、腕の真ん中に新しい関節ができたりすることはなく、「怪我をしたら痛いと感じる」という至って普通の反応をします。

ただし、身体の使い方は明らかに違います。

その身体の使い方というのがどういうものなのかというのをトレーナーの目線で紹介していこうと思います。

 

我々トレーナーの主な戦略としては、「Joint By Joint Theory(Approach)」という身体構造の理論に則り、身体の各関節の役割に基づいて身体の動きをみていきます。

基本的な考え方としては、「安定性を持つ関節」の隣に「可動性を持つ関節」があり、それが交互に鎖のようにつながっているというイメージです。

身体の関節

下から順番に足指は可動性、足の甲は安定性、足首は可動性、膝は安定性、股関節は可動性と安定性両方、腰部は安定性、胸部は可動性、頸部は安定性(頭部の付け根は可動性)、肩甲帯は安定性と可動性両方、肩は可動性、肘は安定性、手首は可動性、手の甲は安定性、手指は可動性というようになっています。

 

この機能が一箇所崩壊してしまうと、その付近の他の関節にも影響が出てしまいます。

 

前回の記事にもあったのですが、倒立の時に胸部の柔軟性が低下していていると、胸部の代わりに腰部や肩が過剰に動いてしまいケガをしてしまったり、うまく身体を動かせなくなったりするということが起こります。

動いてほしい関節、動きすぎないでほしい関節がちゃんと役割通りに機能しているかをみながら、その選手に必要なストレッチやトレーニングなどを考えていきます。

 

また、私たちは大前提として物理法則の中で生きているので、重力や慣性、作用反作用などの様々な法則を変えることはできません。

身体はその物理の法則に則って動くように構成されています。

 

今からつり輪をするから力技の時は重力を半分にしてください…

跳馬の手をつく瞬間に反作用の力を倍にしてください…

なんて無理ですよね。(笑)

「Principle」といって、変わらないもの・変えられないものの原理原則をとことん追求していき、競技に当てはめて現場で活用することが求められます。

 

これらのことを踏まえて体操競技をみていこうと思うのですが…

まず、体操競技での1番の特徴は、地面に足をつけずに上肢で身体を支えて競技をすることが多いということです。

 

男子は6種目中4種目、女子は4種目中1種目で着地以外ほぼ足が地面に着く場面はありません。

また床・跳馬・平均台は足がつく種目ですが、それでも倒立姿勢や上肢で支える場面は他のスポーツよりも明らかに多くなっています。

 

これに対応できる上半身の動きを出すためには、「柔軟性」と「安定性」の2つの機能が求められてきます。

結論から言うと、肩と胸部がその役割を果たすことになります。

 

この肩と胸部の間にあるものが何かと言うと、皆さんのよく知る肩甲骨です。

肩甲骨をコントロールし、しっかりと動かしながらも安定させることが重要になります。

 

競技中は胸をふくむ姿勢を行うことが多いのですが、このとき、胸部は丸くなり肩甲骨は背骨と肋骨に押し出され、外側と上側に滑るように移動していきます。

肩甲骨と身体の関係

そうなると逆に、胸を張って肩甲骨を内側と下側に移動させて動かすことが少なくなってしまうので、基本的には背中が丸くなり、肩は上がった状態で固まってしまい、背中側の筋がうまく動かせない、使えない状態になってしまうことが多いように感じています。

肩甲骨と身体の関係その2

背中が丸くなって肩が上がった姿勢と、胸を張って肩が下がった姿勢のどちらが手を上げやすいかやってみてください。

おそらく、大体の方は肩が下がっている方が手は上げやすいと思います。

この手を上げる動作は、体操の基本となる倒立の姿勢で使われる動作ですので、うまく手があげられない状態では様々な影響がでることは容易に想像できると思います。

 

また、筋肉には「長さ張力関係」というものがあり、伸びすぎても縮みすぎても力は出にくくなるという性質があります。さらに、「関節のセントレーション」といって関節の中心の位置に骨を留めておくのが1番力は出やすいとされています。

 

なので、胸をふくんで身体の前側だけ固めるトレーニングばかりするのではなく、背中側のトレーニングをすることで、長さ張力関係を整えたり、関節のセントレーションを保つことで、障害の予防ができたりパフォーマンスアップにつながっていきます。

 

写真は棒を使っての2人組での背部のトレーニングです。

2人組での背部のトレーニング

次に腰部について触れてみようと思います。

腰部は5個の腰椎(腰の骨)だけで支えているので構造的にはとても不安定な部位です。

 

他のスポーツであれば地面に足がついているので、股関節で力を受けて腰部を安定させることができるのですが、体操競技では地面に足がついていない状態なので、その状態でいかに腰部を安定させるかが鍵となってきます。

 

私の戦略としては骨盤を後傾させる(後ろに回す)と腰部の伸展(反り)を抑えることができるので、それを利用して過剰に動かないように安定させるというものです。

腰椎の動き
骨盤のストレッチ

この骨盤の後傾時に使ってほしい筋肉が大臀筋と腹斜筋なのですが、実はこの動きはお尻を閉めてお腹を凹ませるというもので、よく体操競技において指導される動きと同じなのです。

 

このお尻をしめてお腹を凹ませるという動作がうまく行えているかどうかがポイントとなるのですが、お尻は内腿の付け根のあたりまで閉じられているかという点、お腹は真ん中の腹直筋だけで凹ませず、脇腹も含めてお腹全体で凹ませられているかどうかが大切なポイントです。

 

また、大臀筋は股関節を外旋(外に回す)させる筋でもあり、股関節は外旋させることで開脚の可動性も安定性も上がります。

それにより可動域不足で腰部が代わりに動かされてしまうことも防げるので、股関節外旋位で足を動かすトレーニングも行っていきます。

外旋しすぎるとつま先が割れてしまうので割れない範囲で行います。

 

ただ、足が地面につくときに骨盤を後傾させていると股関節が曲がりにくくなり、膝や足首、腰のケガにつながってしまうので、空中と地面で使い分けられるようにトレーニングしていく必要があります。

 

※後ほどコンディショニングトレーニングとして紹介します

股関節の内旋と外旋

最終的にはこれらを活かして倒立をしたり、ぶら下がったりできるように動作をつなげていけるように動きを作っていきます。

 

最後は、体操競技では身体の位置が3次元の全方向に回転するので、いろいろな向きからの重力をコントロールできるようにするためのトレーニングについてです。

重力から受ける力をコントロールするために要素は2つあります。

1つはどの方向から力がかかっていても身体を安定させる能力、もう1つはどこにいても自分の身体の位置を知覚できる能力です。

 

1つ目について、空中で回転しているときに足割れや空中分解をしないようにする能力を身に着けるというものと、身体が真横の状態で重力受け、その影響で足割れを招いたり、遠心力に負けたりしないようにするというものです。

皆さんも意識してやっているプランクなどの体幹トレーニングに内転筋を鍛えるひと工夫を加えるなどが具体的なトレーニング例としてあげられます。

※写真は一つのトレーニングの例です

トレーニング例

2つ目の自分の位置を把握する知覚能力についてですが、これは身体の柔軟性と脳の認知によってアプローチすることができます。

 

人間の身体には固有受容器といって、身体の位置や関節の動き、圧などを感知するセンサーがあるのですが、それをいかに反応させるか、そして脳がそのセンサーから送られてくる情報を処理してしっかりと認識できるかが重要になります。

 

固有受容器とはいわば身体のGPSセンサーというものなので、身体を動かすことによってどんどん反応するようになっていきます。

 

とにかくたくさん身体を動かすことが必要となるので、まずは自分で動かせる身体の柔軟性を上げていき、次に激しく身体を動かせるトランポリンなどで、大きく早く高く動かすことを意識することにより、身体の固有受容器の反応を向上させることができます。

これにより、脳が認知する視覚(飛んでいる際の景色など)や聴覚(回転時の音やリズムなど)、体性感覚(筋の伸長感や押したり蹴ったりするときの圧など)から身体の変位を認識し、繰り返し反復練習することで自分の位置を把握する知覚能力についての運動学習を促すことができます。

 

また、実際の身体と自分が把握している感覚にずれが生じるという現象は、身体の可動域や動作パターンだけでなく、前述した固有受容器による知覚・認知のずれから起こっている場合もあると考えられるので、両面からアプローチできるように日々コンディショニングを行って修正を継続していくことが大切だと考えています。

 

他にもまだ体操競技の特徴はあるのですが、今回は肩甲骨・胸部の動き、腰部・股関節の動き、身体と脳の3つを紹介させていただきました。

 

記事を見てお気づきだと思いますが、私のできることは障害予防と競技力向上が主となります。

ですので、動かし方の間違いやそれによる慢性痛などは改善できますが、それ以外の、体の動きに依存しない痛みや急性のケガの治療などには効果はあまり期待できません。

身体の評価をした後で、必要であれば整形外科の受診や、治療院で治療してもらうことをお勧めする場合もあります。

きちんと評価をすることで整形外科・治療院などの専門家との架け橋になる役割も担うことができ、問題を一人で抱え込まず、関わる人すべてと相談しながら選手・チームにとって最良の方法を選択していくことが必要だと考えています。

 

次回は体操競技におけるセルフケアとリカバリーについて書かせていただきます。